研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

カンボジア・ニューヨーク一人旅4日目

朝7時半に起床。シャワーを浴び、いつも通りバルコニーでタバコ。中庭のプールを見ると、サングラスをかけた家族がラウンジみたいなところで朝ごはんを食べていた。そういうサービスもあったのか、このホテル……。いやまあホテルなんだしごはんぐらい出すか。ここから見る景色は最後だな、ということで周囲を見渡す。

 

3日目になると、やっとこの風景にも馴染みが出てくる。1日目はさんざんな感想をもったけれども、この時、実は僕は「慣れれば悪くないかもな」と少しばかり思った。ほんの少しだけ。実際2泊3日はあまりにも短い。せっかくの海外なのだから、もう1泊2泊しても良かった。そうすれば、このカンボジアという国のいいところも悪いところももっと理解して帰ることができたかもしれない。

 

ともあれ帰るしかない。部屋に戻り、荷物をまとめる。冷蔵庫に入れてあるキンキンに冷えたミネラルウォーターを取り出す。1.5リットル。昨日、「生き延びるためには水の確保だ」ということで買ったこの水は、結局、3口ぐらいしか飲んでいない。冷房の効いている部屋でだらだらしていただけであったため、あんまり水分を必要としなかったのだ。だったら500mlの水にしてペットボトルのコーラを買うという選択も可能だった。

 

後悔しながら水をリュックに放り込み、フロントへ。「チェックアウトプリーズ」。フロントに立っていたのは白人の女性だった。「ちょっと待って」と言われ、待つ。多分部屋の冷蔵庫に入っていた飲み物が減ってるかどうかを見ているのだろう。冷蔵庫にはアンコールビールとか水とかコーラとかが入っていた。しばらくすると戻ってきて、笑顔で「いいよ」って言われ、笑顔で出ていく。気持ちのよいチェックアウトであった。

 

外に出る。リリーが待っていた。「眠い?」「ちょっと眠い」「ハハハ」みたいなことを言って出発。最後だし、ということでトゥクトゥクから見える風景を動画で撮影した。空港から来るときとはちょっと違う見え方がした。親しみが出た、というか。なんとなく共産圏っぽい雰囲気のあるでかい看板とか(あれはなんていえばいいんだろう? 男性の絵がでかく描かれていて、その横にタイ文字がなんかにょろにょろ書かれている、そういう看板。なんだろう、日本でも戦時中にこういうプロパガンダ広告とかあったっぽいなと思うような、そういうの。そう、プロパガンダ広告っぽい感じのやつ。でも多分普通に企業の広告なんだと思う)。

 

そんで空港。やはりこんなど田舎に国際空港があるというのは異質だ。植民地感がある。空港で降りる。最後に一緒に写真撮ろうよ!とリリーに言う。撮る。握手して、じゃあね! って手を振る。最後はあっけないものだ。これが旅番組だったら熱いハグとかをするんだろう。で、チェックインまであと3時間。長すぎ。とりあえず1.5リットルの水を捨てる。

 

そんで空港内をぶらぶらして(といっても全然ぶらぶらするような広さじゃないんだけど)煙草を吸ったりしていると、手軽なダイナーみたいなのがあるのを発見した。入って、カード使えますか? と聞いたら使えるとのこと。やった! 飯が食える! ブレックファストセットを注文。カードは無事使えた。その間にWi-Fiルータを起動して、メールのやり取りなどをする。なぜか店の中では空港のWi-Fiが使えなかったのだ。ちなみに日本との時差は2時間なのでほとんど気にしなくてよかった。

 

注文したものが到着。甘い味のマーガリンが塗られたトーストと、半熟卵(殻付き)とコーヒーだった。コーヒーは透明なカップに入れられていてシャレオツだなあと思った。確か4.5ドルとかだった。トーストをかじる。およそ1日ぶりの固形物! 染み渡る。でもなんか少し冷めていた。というか、パンとパンを重ねてその間にマーガリン的なものが挟まっていたのだが、その挟まっている所が冷たいと感じた。焼いた後に塗って重ねたのだろう。

 

次に卵を食おうと思い殻を剥く。僕は最初、これはゆで卵だと思っていた。だが殻を剥くと、どうも白身がぷよぷよしていることに気づいた。これは半熟だ。しかしパカっと割ってトロっと皿に出せるほど柔らかくはない。半熟というよりも7割熟している感じだった。それで僕はどうしたかというと、殻を全体の3割ぐらい剥いて、あとはスプーンでほじくり出すという戦略を立てた。皿に卵を出した後、店員が渡してくれた醤油みたいなのを掛けて食う。うまい。普通に。パンを食ってるので醤油じゃなくてソースとかが良かったけど。店員が、僕が日本人であることを察したのだろうか。でもうまかった。

 

そしてコーヒーを飲む。これがうまかった! 苦くない。甘みがある。変な感じなんだけど、うまい。一口飲んだ瞬間、目を瞠った。こんなコーヒーがあるのか! と。僕たちはうまいコーヒーを飲みたいと思った時、僕達のなかにすでにあるコーヒーの概念のなかでの「うまいコーヒー」を探し求める。酸味がないとか、香ばしいとか。でもそうじゃない。既存のコーヒーの概念とはまったく違うルートに、うまいコーヒーというのが存在している。そういうことを思い知った。

 

適当に時間を潰してチェックイン。並んでいる時、結構日本人の観光客を見かけた。女子大生二人組とかも見かけた。手荷物検査して、出国。さっき飲んだコーヒーの粉とか売ってないかな? と思ったけど(まあ売ってたと思うんだけど)、そういうのは記憶に留めておいたほうが思い出に深く刻めるだろうと考えてあえてスルーした。簡単に形にして持ち帰ることができるようなものは、案外スッと忘れてしまうものだから。それに買おうと思えばカンボジアのコーヒーなんて東京でも買えるだろう。

 

出国後エリアは、国際空港なのでちゃんとしていた。カンボジアに来てから最も文明的な場所を見たと思った。吉野家バーガーキング、スタバ、本屋、服屋……それらが快適な空調と清潔が保たれた建物の中に同居している。ショッピングモール的空間。タバコを吸おうと思い喫煙室に入ると、蒸し暑い。喫煙室というけどじつはここは建物の外になっている。天井は建物から独立しファサードのようになっている。ちょうど空港にぽっかりと穴を開けてふたをしたようなような構図だ。そこでタバコを吸う。

 

時間になり、搭乗。来た時と同じくバスに乗って飛行機のところまで行く。乗る。この時女子大生と思しき二人組(かわいい)が近くにおり、席が近くだといいなあと思ったが、全然別のところだった。

 

窓際に座る。これでさんざんだったカンボジアとはおさらばだ。とはいえ、ある国に旅行に来て、そこで国内旅行とは比類のない稀有な体験をし、そして帰るんだと思うと、いささかの物悲しさがあった。離陸し、高度を上げる。シェムリアップはこんな形をしていたのか。地上から見るとたいへんな街だが、上空から見るとわりと建物が密集していて、都会感がある。密集地は想像よりもスプロールしていて、シェムリアップを見くびっていたな、と反省する。そして飛行機は香港に向かう。

 

香港国際空港に到着。一度来たことのある場所。旅の中継地。キャンプ。出撃地点。アジアのターミナル。そういうところに僕は来ている。トランジットのところに並びつつ、Wi-Fiに接続。これで勝つる。メールとツイッターをチェックし、手荷物検査を経て、トランジット。出国後エリア。羽田行きのゲートを確認すると、504番。バスに乗って離れたゲートまで行かねばならない。これはカンボジア行きの時も同様であった。前回の経験から、500番台ゲートのところにも店がいろいろあったことを既知であるため、すぐにバスに乗ってしまう。

 

そして離れのターミナルでトイレに行き(香港国際空港のトイレはまあまあ綺麗である)、バルコニーの喫煙所に行く。ここからは飛行機の着陸を見ることができる。扉付近でパイロット的な立派な格好をした人がアイスブラストを吸っていた。パイロットってタバコ吸ってもいいのか。ニコチン切れで判断が鈍るような人に操縦を任せるのは若干不安だが(笑)、人のことは言えぬ。

 

そんで少し腹が減ったのでなんか胃に入れようかなと思い周りをうろつく。中華料理屋がある。料理は高い。そこでおにぎりとかコーラとかを物色すると、なんとおにぎりもコーラも一つ45HKDぐらい。日本円で450円ぐらい。ふざけている。ということで機内食までがまん。登場まで時間があるため、タバコを吸ったりiPadでユーチューブを見たりした。

 

そんで搭乗。羽田行き。やはり日本人が多い。安心。窓際の席に座る。3列シートだったが、隣に人はいなかった。一つ空いて、通路側に女性が座った。飛行機のアナウンスが流れる。久しぶりに日本語を聞く。なんという安心感! これから俺は日本に帰るのだ。読みさしの『ハイライズ』を読んでいると、離陸。お世話になった香港ともさよならだ。こんどまた観光しに来るぜ。

 

ハイライズが思いのほか小難しい本だったために寝てしまう。起きると、飛行機は雲の上を飛んでいた。窓の外では、満月がまばゆく光り輝いていた。地上からみる月とはまるでちがう。このままパイロットがその気になって進路を変えれば着陸できるのではないかと思うほどに近く感じた。すばらしく綺麗だった。このすばらしく綺麗な月は、どこの国からも見れないが、どこの国からでも見れる。飛行機に乗りさえすれば。

 

機内食が配られるのだが、乗務員が日本語で「魚のカレーと豚肉のライスがございます」と聞いてくる。日本語だ! 乗務員は中国人ぽかった。微妙に片言だったのだ。しかしそれにしても発音はかなりうまい。発音はうまいのだが、多分「魚のカレー」は「シーフードカレー」って言ったほうが自然だろうな……俺は豚肉のライスを選択。食後には白ワインを飲む。紅茶味のスナック菓子みたいなのをもらうが、これが予想外に紅茶味で驚く。

 

アナウンスが流れる。「当機はまもなく東京国際空港に到着いたします……」このあたりで機内にBGMが流れる。これは成田から香港に行った時の飛行機でも確か流れた音楽だったはず。この音楽がとても耳に残っている。このBGMを探しているのだが、見つからない。「キャセイドラゴン BGM」とかで検索しても、見つからない。キャセイパシフィックの搭乗時の音楽しかでてこない。あれじゃないんだ。もっとこう、「テンテレテーレーーテンテレテーレーレーレー」といったような……

 

……とにかくそのBGMがかかってくるあたりで、飛行機が目的地に差し掛かり、ブレステイキングとしか言いようのない東京の夜景を望んだ。恥ずかしいけど、僕はそのあまりの美しさに、目に涙を湛えた。あれが東京タワー、スカイツリー、レインボーブリッジ。灯りの種類で分かる。分かってしまう。分かってしまうのだ。まあ飛行機に乗ったことのある人なら一度は見たことがある景色だ。実際僕も高校の修学旅行で沖縄から帰ってきた時も同様の景色を見た。多分。でもそんなのよりもはるかに、ずっと僕は感動させられていた。

 

飛行機が着陸する。着陸場には青と緑のランプがたくさん点灯している。僕には分からないが、きっと青はこうで緑はこう、といった意味がきっと存在するのだろう。そしてそのルール、というかコードは、世界共通のものなのだろう。飛行機は世界を往還するのだから、グローバルルールがあるはずだ。そのグローバルルールを決定した人たちに拍手する。彼らは飛行機を飛ばすために、世界中の空港の共通ルールをつくったのだ。その努力には感服するほかない。

 

日本。ついに日本に帰ってきた。夜の10時過ぎ。夜景。大田区。僕の学生最後の旅はまだ終わりじゃない。というか、むしろここから始まるとさえいってもよい。僕はここ羽田空港で一晩を過ごしてから、アメリカに行く。ニューヨーク・シティ。そこで6泊を過ごし、再び羽田空港に戻る。それで僕の旅は完了する。

 

さて、明日の出発まで何をしようか。まずは飯か。でも空港とはいえもうレストランは閉まってるのかな。じゃあコンビニでも行くか。コンビニのとてつもない便利さは日本特有だ。やっぱりビール飲みたいな。日本のおいしいビールを飲みたい。あ、そういや現金を下ろさないと。親が4万円振り込んでくれたんだった。あれ、あれは明日振込になるんだっけ? まあコンビニはカードで払えばいいか。あ、それと今日は火曜日だからフリースタイルダンジョンじゃないか。まあ空港のWi-FiiPadをつないでユーチューブで見るか。うーん、やることいろいろあるな。でもそれよりもなによりもまずは……

 

まずは、展望デッキで東京の夜景を眺めるとしよう。僕が普段住んでいるところがどんなものなのか、見てやるとしよう。この汚くて人の多い窮屈な街が、実はどんなに輝いているのかということを見てみよう。僕は東京を、世界と日本の結節点から望む。それはきっと外国に出ていったものにしか見ることのできない、東京の新しい姿だ。