研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

「涼宮ハルヒの憂鬱」聖地・西宮に行ってきました

出張で神戸に行った。朝9時ぐらいの新幹線に乗って行き、17時半頃に用事を終えた。日帰り出張の予定。このあと適当に飯でも食って新幹線で帰るのが一般的な流れなのかもしれない。

 

だが僕には、それ以外にやりたいことがあった。ハルヒの聖地巡礼だ。ハルヒは兵庫県西宮市を舞台にしている。アニメでは実在する施設をもとに背景を作っており、その反映度の高さに舌を巻くファンは多い。2006年のTVアニメ1期放送以来、たくさんのファンが西宮を訪れている。ネットで検索してみれば、コアなファンたちが自身で撮影した聖地の写真とアニメのキャプチャを対応させて掲載しているブログをたくさん見ることができるだろう。しかし僕は西宮はおろか、兵庫に来ること自体が初めてだった。初めての兵庫。行くしかない。

 

取材で疲れた体にムチを打って、アニメハルヒで最大の聖地・西宮北高校への道のりを検索した。最寄りは阪急甲陽園線・甲陽園駅。ちょうど阪急神戸線・六甲駅にいたので、そこからまず阪急神戸線梅田行きに乗り、夙川へ。夙川から阪急甲陽園線に乗り換え、甲陽園駅へ。この阪急甲陽園線じたいがすでにアニメに登場しているのだが、まだあまり自分が聖地にいるという実感は湧いてこない。

 

それよりもこの甲陽園線という路線の存在に興味を持つ。夙川から甲陽園駅までをむすぶこの路線、途中で停車するのは苦楽園口駅しかない。つまり3駅しかない路線なのだ。にもかかわらず、夙川駅からはたくさんの人が乗っており、シートは満杯、僕も当然立ってつり革に捕まっていた。それだけ需要があるルートなのだろう。苦楽園口駅でもたくさんの人が降りていった。ネットで調べると、閑静な高級住宅街の広がるエリアらしい。

 

そんなことを思っていると甲陽園駅に到着。改札をでる。なるほど、これがあの北高の最寄り駅……か? こじんまりとしていて、決して人気がないわけではないし、田舎というには小綺麗……あまり来たことのない、初めて味わう雰囲気の駅前。ファミマやスーパーやパン屋があり、最低限の生活感は感じられる。駅の目の前には「中華料理 香陽縁」という古びたのれんの店があり、立地の良さから地元の人に愛されているのだろうなということを想像した。

 

時刻はもう18時すぎ。陽はまだあるが傾きかけている。すぐ暗くなるであろうことは想像できた。写真撮っとけばよかったな……。山がちな地域だけあって、緑豊かで、セミのシュワシュワシュワシュワという合唱が無限に聞こえてくる、ような気がする。

 

北高までのルートをグーグルで検索。遠い……これは遠い! 原作を読んでいて、すごい坂道を歩いて通学する必要があるということは把握していたが、こんなに遠いとは……しかも坂道? どんだけ遠いんだろう。訝しみつつルートに沿って歩を進める。

 

道中を詳しく描写してもあまりおもしろくないのでかいつまんで話すが、まず最初、駅前から住宅街へのショートカットルートがつらい。石段があるのだが、まず石段のスタート地点に行くまでの坂道が急勾配でかなり疲れる。

 

さらに石段もかなり角度がある。石段を登ってからも、基本的には上り坂が続いていて、汗を尋常じゃないほどかいた。完全に山登りだった。人が歩くような道ではない。車がびゅんびゅん通っていて、なぜ僕はこんなところを歩いているのだろう、こんな山道に歩道が存在していていいのか? などと思った。途中、夏休みの高校生らしき男の子と数回すれ違ったが、みな自転車を手で押していた。せっかく下り坂なのになぜ乗らないのだろう? 不思議だった。

 

山道を乗り越えると住宅街に差し掛かる。なぜこんな標高の高いところに住宅街があるのか全く不思議だ。確かに高級な家というのは得てして他よりも高い位置にあるのだろうが、にしてもここは高すぎるだろう。車がないと絶対に生活できない。

 

この住宅街に入ると、もう北高はすぐそばだ。しかし北高に至る最後の一本坂、これが信じられないほどキツイ。これまでの上り坂で疲弊するオタクを嘲笑うかのような急勾配で、資料がパンパンに詰まったリュックの重みと、一日の疲れも相まって、少しでも気を抜くと後ろに転げ落ちてしまうのではないかとさえ思った。山というか、そういう危険なアトラクションだ。後ろを見るとヤバい。意外と車の通りも多いので、それも気をつけて、フラフラしないようにして路肩を歩かなければならない。

 

がんばって歩いているとき、何度も、谷口が「よーキョン!」と言いながら、国木田と一緒に現れ、キョンの肩を後ろからたたくシーンが幻視された。しかしこんな急勾配な坂で前を歩く人を追いかけるだなんて余裕はまったくない。高校生恐るべし、と思った。そして頑張って門の前まで上り詰める。f:id:liefez:20190825215343j:image

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これだ……

 

この風景だよ。

 

後日検索したら、ここから一周まわったところにまた別の門があり、そちらもアニメで使われていたようだ(確かにキャプチャを見ると見覚えのある風景だった)。そのことには全く気づかなかった。つくづく下調べが足りない。時刻は19時ごろ。もう日も暮れている。このあとも冒険を続ける余裕はない。

 

しかしキョンはこんな山道を歩いてきたのか。西宮北高校のホームページを見ると、最寄り駅は甲陽園駅、タクシーで来るのがおすすめですと書いてある。徒歩30分とも書かれている。どう考えても歩いてくる場所ではない。しかし歩いて来る生徒もいるのだろうなあ。鍛えられそうだ。

 

ふりかえると、こんな景色が。

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ずっと目の前には無限に続くかのような上り坂だけが映っていたので、単純に「広いな」と思った。ずっと遠くまで見渡せる。地図上は、方向的には甲子園や尼崎市がある方向だろうか。赤い航空警告灯が明滅しているのも見える。高層のマンションやビルが立っているのも見える。他方で、離発着しようとする航空機の影もたくさんみることができる。街全体が生きているのが見える。ちょうどベストなトワイライトタイム。建物も影にならず、ブルースカイとの淡いコントラストのなかに人工の光がきらめていた。

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アニメのハルヒで一番好きな「サムデイインザレイン」、その最後のシーンでキョンとハルヒが学校を出るときに映るのがこんな風景だった気がする。季節は12月。たぶんいまよりも空気が澄み、どこまでも透き通るような空が見えるのだろうと思う。また来よう……今度はちゃんとしたカメラを持って。そう思って来た道を反対に辿っていった。

 

帰りは一転して粛々と下り坂を降りていくだけなので気が楽だった。それにしても革靴で来るような場所ではない、と改めて思う。気温も下がってきてやや涼しげ。

 

ハルヒという作品が僕にとってどのような位置づけなのかを改めて考える。ハルヒはどう控えめに言っても、僕の人生に多大な影響を与えた作品だ。いわゆる「萌え」の世界に僕を引き込んだのはハルヒだったし、そこから派生する種々のオタク的クリシェ――メイド、超能力、無口キャラなど――の分類に自覚的になりはじめたのもハルヒのおかげだろう。

 

SF的な設定と物語展開の面白さを教えてくれたのもハルヒ。大学に入って批評というものを知り、ハルヒの消失をメタフィクションとして再読したときの感動。底が見えないというか、単なる萌えラノベではなく、谷川流はたくさんのことを考えていて、彼が盛り込んだことの表面しか僕は見えていなかった、と思った。僕はいまだにハルヒの可能性を十分に取り出せていないんじゃないかと思った。そして、そのようなすばらしい作品に12歳で出会えたことに深い感謝を捧げたいと思った。

 

あれから12年、考えてみれば僕は人生の半分をハルヒとともに(ともにという言い方はいささか変かもしれないが、そのぐらい身近に感じて)生きてきた。僕の思考はなにかしら少なからずハルヒの影響を受けている。そんなハルヒとともに行きてきたこの12年間だった。いまこうして、その聖地に立つことができたことをとてもうれしく思う。

 

甲陽園駅に到着。意外と、といってはなんだけど人が多い。帰宅ラッシュの時間だからだろう。しかし電車で夙川からやってきた人は、めいめいの家までこの坂道の中を歩いて帰るのか。あの地獄の石段を登って。大変ではないだろうか。仕事で疲れた上であんな坂道を登って家まで帰るなんて考えられない。結婚して妻が専業主婦で家のことを全部やってくれるのであれば可能な住まいだな、と思った。

 

ところでこのあたりの家賃の相場はどのぐらいなのだろう。試みに調べるが、別に都心と比べてそんなに安いわけではなかった。やはり高級住宅地というカテゴリなのだろうか。甲陽園駅から8分、1階の2LDKで約10万。しかしこの地で駅歩8分というのはほぼ地獄を意味するだろう。山あいにあるから1階だと虫もヤバそうだ。やっぱり僕はこういうところに住むのは難しいだろうな、と思う。しかし旅行などではぜひ行きたい。

 

そんなことを考えながら甲陽園線に乗り、夙川へ。いやー楽しかった。ここから新大阪まで40分ぐらい。新幹線の終電も十分間に合う。いや、いい思い出になった。ほかのハルヒファンたちはどうなのだろうか。いろいろブログを検索する。お、やっぱり北高の坂道にはみんなつらい思いをしたのだな。なんと、車でまわったという人もいるのか……合理的だ。など見ていた夜19時半ごろ、ある情報を発見してしまう。

 

「SOS団 in 西宮に集合よ! オーバー♪」

https://haruhi.info/

ガンダムの富野由悠季が会長を務める一般社団法人・アニメツーリズム協会が2019年に初めて西宮市をハルヒの聖地として認定。それに伴い、スタンプラリーイベントを7月7日~8月31日に開催。ちょうど夏休みにハルヒが企画したかのような、そういうイベントというわけだ。

 

ところで今日(僕が出張で神戸に来た日)は8月22日(木)。ちょうど今スタンプラリーをやっている! なんと運のいいことだ。しかしスタンプ設置場所について調べてみると、図書館など一部の施設はもう店じまいしている。

 

日帰り出張の予定。もちろん明日も仕事はある。しかし、このまま帰ったら、きっと僕は一生後悔する――

 

そう思って、明日の仕事をすっぽかすことにした。

(つづく)