研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

【新成人へ】私が二十歳の時にコロナが来なくて良かったと心底思う

私は6年前に成人式に行った「元・二十歳」です。当時大学2年生でした。今は会社員をしており、リモートワークをしています。しかし緊急事態宣言が出るまでは通勤しており、オフィスにはアルバイトの大学生が常駐していました。今の大学生の状況を考えるとほんとうに悲惨だと感じます。

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一生に一度の成人式

皆さんは大学に行くことができません。そのため、

・友達と会えない

・友達ができない

・共用PCのある施設でゼミの仲間と一緒にプレゼン資料を作ることができない

・講義の途中で荷物をまとめて教室を抜け出して遊びに行く背徳感を味わえない

・図書館で本を物色して新たな知に出会うといったことができない

・大学の近くのラーメン屋に行けない

・サークル活動終わりに飲みに行けない

・たまたまサークルに来たあまり接点のない先輩から就活の話を聞いてためになるといったイベントが発生しない

・後輩に対して就活の話などを話して先輩風を吹かすことができない

 といった状況にあると思います。

いま、大学生から話を聞くと、みな淡々と状況を話すのですが、そんな状況でいいのかと思ってしまいます。積極的な性格の人ならいいのかもしれませんが、私のような人間が大学に行かなくてもいいとなったらもう終い(シマイ)です。私のような人間は、キャンパスという不特定多数の人間が集まる場所に身を投じ、そこで起きるかもしれない偶然の出会いに賭けるしかなかったのです。

たとえば、授業がつまらなさすぎて抜け出して新宿の映画館に行ったらたまたま上映されていた『インターステラー』はマイベスト映画5位に入るレベルの作品になりましたし*1、ゼミの一個上の先輩に無理やり連れていかれた飲み会でのある人との出会いは、私の人生を大きく変えることになったのでした*2

ですから私は、「私が二十歳のときにコロナが来なくてよかった」、と心底思うのです。コロナが来ていたら何が嫌か。大学生活以外の観点で、以下、4つ述べます。

 

アルバイトのシフトが減り、お金を稼げない

シフト削減や雇い止めに遭う学生は多いと思われます。もちろん人によってはできるだけ接触を減らしたいし仕事が好きではないのでシフト減はありがたい、という人もいるでしょう。しかし一人暮らしでお金が必要という学生の場合、生きるための金が稼げなくなるのですから大問題です。そうでなくても、後述するように就活など、大学生は何かとお金が入用です。「医療か、経済か」という二項対立は、こうした大学生にも本質的な問題として立ち上がってくるわけです。

 

就活はリモート面接という時代

就活に関しても多大な不安を感じます。大学生に聞くと、やはり面接はほぼリモートで行っているようです。パソコンの画面の横にカンペを貼っておくとか、美容ライトみたいなものを用意するとか、いろいろと特別な対策をしているようです。そもそもリモートと言っても自分の部屋がない人はリビングで面接を受けたりすることになるのでしょうか。優れたWi-Fi環境が整っていない家庭の人は? そして何より、リモート面接なんかで人の何が分かるというのか、と思いませんか。新成人のみなさんの諸先輩方は今年、そういったさまざまな不安と闘っていました。

 

海外旅行に行けない

いまは複数人での旅行がきわめて白眼視されています。社会の目さえ気にしなければ国内旅行はできるものの、海外旅行はそもそも実行性の観点から困難です。社会人でも海外旅行に行くのは容易ですが(というかお金の面では学生時代より余裕ができるのでむしろ行きやすいと思います)、時間だけがただ膨大にある学生時代の海外旅行はかけがえのない思い出になります*3(非コロナ禍の話です)。社会人の我々にとってもつらいですが、みなさんにとっては「いま、この友達と一緒に」海外に行けないという事実はたいへんつらいものだということは十分理解しているつもりです。

 

「成人式に行くな」と言われる 

成人式というのは立食パーティのようなもので、どう考えても3密に該当します。ある感染症医は「成人式に行かないで、我慢して」と訴えています。「成人式は戦後にできた行事に過ぎず、1月にやる必然性はない」と言っています。もっともだと思います。

けれども、じゃあコロナはいつ終わるのでしょうか。コロナが終わったら、行政は今年新成人のみなさんのために成人式をやってくれるのでしょうか。

「成人式なんて、各々でやればいい」という人もいます。しかしそれは無理だと思います。社会的に「みんなが集まる日」という合意が取れたイベントの招待状を、行政が戸籍をもとに送り付けるというのは、かなり強力な招集手段です。これをできる人、代行しようという人はまずいません。

6年前、成人式に行ったとき、驚きました。全員と話したわけではないのですが、小学校の同期の半分ぐらいが大学に行っていませんでした。すでに高校卒業後に就職している人や、中卒で無職の人もいました。これは統計を見れば普通のことだとわかります。2019年度の学校基本調査(文科省)では、日本人の大学進学率は58%ぐらいのようです。

けれども私はその現実が分かっていませんでした。私の出身高校は、99%が大学受験の勉強をしていました。でもそれって社会のほんの一部でしかないんですよね。成人式後の同窓会や、その後不定期に行われた一部の友人との飲み会は、私の偏っていた社会の見方を矯正していってくれました*4

が! そんな小難しいことはともかく、成人式って「なんかよかった」んですよね。「背高くなってる!」とか、「めっちゃ可愛くなってる!」とか、「全然変わってねえ!」とか。あと「小学生のころバカばっかやってたあいつらと、いま、酒を酌み交わしてこんな複雑な話をするなんて……」みたいな、ふつーに素朴な感動みたいなものも込み上げてくるわけです。

私は、成人式に行きたいという新成人のみなさんの欲望を肯定します。私が参加した東京都新宿区は、「中止」のアナウンスを流していますが、会場の前にはフォトスポットなどを用意しているようです。たぶんそこで、かつて親しかった友人と数年ぶりに再会し旧交を温めることもあるでしょう。これで感染が拡大するかどうか、わかりません。「コロナはただの風邪」とはいいませんが、みなさんが感染してもまず死なないというのはおおむね共通した見解と言ってもいいでしょう。しかし前述の岩田先生の言う通り、その後関係する高齢者の方にうつしてしまう可能性は十分あります。それをどう考えるか。

私は、――これは本当に無責任な放言なのですが――成人式に行って飲み会をして感染が広がったとしても、それを叩く社会はあまりにもダサい、と思います。なんで一生に一度のイベントを我慢しなくちゃいけないのか。集まって飲む自由を制限するなんてひどいじゃないか。社会全体のために新成人のみんなは我慢しろだなんて、それこそ戦時中みたいな言い方じゃないですか。と、個人的な怒りも記したところでいい加減筆を置きます。

 

 

 6年前に書いた、成人式の感想。

www.liefez.com

*1:ちょうど後ろの列にいたウェイ系大学生集団が上映後に皆泣いていた、という上映体験も含めて思い出です。むろん私も泣いていました。

*2:いま私が働いている業界で働いているゼミOBの人。その人が働いている会社でインターンを探しているとのことで、私はその業界に入りたかったので、話をしました。名刺をもらって、1週間悩んで、インターンしたいですとメールを送りました。それが大学2年の冬の事。今、そのOBの人ともちょくちょく連絡を取り合っていて、同じ業界にいるということもあり、本当にいい先輩です。

*3:私は大学4年の春休み、つまり大学生として最後の休みにゼミの卒業旅行でハワイに行きました。初めての海外旅行でしたが、何もかもが新鮮で楽しかった。それに感動し、帰国後、すぐにHISでカンボジアとニューヨークのパッケージツアーを購入し、親に借金し、一人旅をしました。忘れられない思い出です。

*4:見出しに「新成人へ」と打っておきながら本文冒頭で明らかに大学生にターゲティングした文章を書いているという点で、私の社会の見え方はまったく矯正されていないではないかという批判を甘んじて受け入れます。しかし私には大学に進学したという出自があり、なおかつ職場で大学生にコロナ禍の現状をヒアリングする機会があったという状況から、必然的に二十歳=大学生について記述することこそが大事だと考えた、という背景をご理解いただけると幸いです。