ある晴れた土曜日の朝8時、武蔵小山の近く。ぼくはAir Podsを耳にはめてラジオのアーカイブを聴きつつ、コートのポケットで両手を暖めながら道を歩いていた。朝の陽光は柔らかく、風ひとつない晴天だった。けれども前々日に東京に降った雪の影響でアスファルトが一部凍りついているところもあり、寒さが続いていることを思わせた。
で、歩いていたら道端に男性が寝ているのを目撃した。多分ぼくと同じぐらいの年齢。スーツにダウンを着て、フードを被り、ポケットに手を突っ込んでいた。仰向けで、脚を直角に折り曲げていた。顔は真っ白だった。たぶん金曜の夜に飲みすぎたんだろう。…こんなところで寝てたら寒さで死ぬぞ。誰が見てもそう思う状況。もしかして死んでるんじゃないか? しかし、ぼくがここを通りがかる前、2名ほど通行人がここを通っているのをぼくは見ていた。彼らはいずれもこの男に声をかけなかったのか。通り過ぎたのか。この寒空の下で。
しゃがんで声をかけた。
「大丈夫ですか?寒くないですか?」
目は開かないが、しょぼしょぼと動いているのが見えた。よかった、生きている。それが確認できてまずはほっとした。もし反応が全くなかったら、というルートもうっすらと想像していた。
「起きてください、こんなところで寝てたらからだ冷えちゃいますよ」
声をかけ続けたら、かろうじて意識を取り戻したようだった。たが目は依然として開かない。
「とりあえず起きてください、このままじゃ冷えちゃいますよ」
死ぬぞ、とは言えなかった。生死を分ける場面に自分が居合わせているだなんて自覚したら責任感に押し潰されてしまいそうで、口にすることができなかった。
声をかけ続けると、男はようやくのっそりと体を起こして、あぐらをかいてうつむいたまま寝るというポーズになった。手はダウンのポケットに入れたままだ。
「ここから帰れますか?」
小さくうなずく。
「タクシー呼びますか?」
小さく首を横に振る。
「ちゃんと歩けますか? 家近いですか?」
小さくうなずく。しかし大丈夫に見えない。自力で立ち上がり、家まで歩いて行くのを見届けないと不安だ。「起きないとまずいですよ」と言いながら脚をちょんと触ったら死体のように冷たくなっていた。そりゃそうだ…
「なんか水とか飲みますか?」
男の頭は動かない。そんなにしてもらうのは悪いという遠慮か、あるいは頭が回ってないのか…周りを見るとすぐ目の前に自販機があった。すぐ立ち上がり、ポケットから財布を取り出し、ラインナップを見て(ミネラルウォーターか?いやこの寒さだ、あったかい飲み物のほうがいい…ココアとかコーヒーは苦手な可能性もあるし、ここはお茶か?)1秒に満たない逡巡を経て、100円玉を投入しあったかいお茶のボタンを押した。透明なプラスチックのカバーを上げてペットボトルを取り出す、こんな当たり前の動作でさえ焦った。
「これ飲んでください、あったかいですからね。今そこの自販機で買ったばっかですからね」と言って、キャップを開けて男の前に置いた。飲み口からほんのり湯気が立ちのぼっていた。
ずっと俯いたままの男。一安心してまた寝てしまったのかもしれない。うーん。不安だが、ぼくにできるだけのことはやったと思う。「お茶ちゃんと飲んでくださいね!」と言って、去った。地面に寝そべるのは体の冷えがやばい気がするが、座ってる状態ならきっと大丈夫か…と信じて。
その後男がどうなったのかは知らない。
男にお茶を奢って武蔵小山のパン屋に向かう途中、ぼくは2つのことを考えていた。ひとつは男が無事に家に帰ることができたかということ。もうひとつは、3年前の冬の夜に起きた「ある出来事」のことだ。
終電逃して品川から歩いて帰ってた。高輪から五反田の坂道で、ぶっ倒れてる若者を発見。まじで何もないところでぶっ倒れてるしこの寒さだからやばいと思ったが、身体がかすかに上下しているのを見て通り過ぎた。しかし僕の中には、この寒さで放置するのは流石にやばいのではないか、あるいは
— リーブス (@liefesez) 2018年12月20日
身体がかすかに上下しているのは決して安定状態を示すわけではないしなにかの病気で倒れている可能性も否定できないから通り過ぎるのはよくない、という罪悪感もあった。折しも向こう側から男性がこちらに向かってきてすれ違ったが、男性もぶっ倒れた男性をスルーした。
— リーブス (@liefesez) 2018年12月20日
しかし通り過ぎた後もさすがにあのぶっ倒れ方は気になり、何度も後ろを振り返る。すると通り過ぎた男性もぶっ倒れた男性が気になったらしく、なんども振り返る。(大丈夫だ、彼は生きている)ーーそう自分に言い聞かせて家へ向かった。最後にもう一度振り返ると、すれ違った男性が
— リーブス (@liefesez) 2018年12月20日
ぶっ倒れた男性の元に引き返すのが見えた。その後も何度か振り返ると、ぶっ倒れた男性がよろめきながら立ち上がるのが見えた。どのようなやりとりが行われたのかはわからない。ぶっ倒れた男性の健康状態も知らない。だが、その時、僕は、「僕も勇気を出すべきだった」と思った。
— リーブス (@liefesez) 2018年12月20日
一度はスルーしながらも、やはり放置するわけにはいかないと正義感を露わにし道を引き返したその男性を、心底かっこいいと思った。
— リーブス (@liefesez) 2018年12月20日
僕にはあと一歩の勇気が足りなかった。なんてカッコ悪いんだと思った。
— リーブス (@liefesez) 2018年12月20日
自分で自分をほめるなんて普段はやりたくないけど、今回だけはほめてやりたい。俺、勇気出したよ。成長したよ、俺。だがあの男が無事に家に帰れたかどうかだけが本当に心配だ。