研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

ミッドナイト・デニーズ

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 深夜11時過ぎ、自転車を小滝橋通りに走らせる。ライトアップされた新宿の象徴・ドコモタワーを遠目に、職安通りとの交差点を通過。北上を続ける。往来が激しい靖国通りとの交差点も日曜日は静かだ。新宿西口前に突入すると、喫煙所におびただしい数の吸い殻が捨ててある。その背景には深夜で光を失ったモード学園のコクーンタワー。ルミネの横を通って甲州街道へ。4トントラックがビュンビュン走っている。横断歩道を渡ると渋谷区になる。初台方面へ少し進み、行列が絶えないラーメン屋・風雲児がある通りに入る。坂道をシューっと滑っていくと右手にデニーズ南新宿店がある。1階の駐車場兼駐輪場に自転車を留め、階段を上がりながら客席の大きな窓越しに中の様子を確かめると、予想通り客は1,2組ぐらいしかいない。二重扉を開ける。「デニーズへようこそ」。

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 デニーズ南新宿店はJR代々木駅から徒歩5,6分ぐらいのところにありました。1年程まえに閉店したと、検索して知りました。コロナの影響でしょうか。

 当時は入店時に「タバコは吸われますか?」と聞かれたものですが、いまは喫煙席はありませんね。席に案内されるときに「こちらの席はいかがですか?」と提案するように言ってくれるのが好印象でした。

 注文するのは決まってブレンドコーヒーでした。この店に通い始め、いつしかメニューも見ずに、席に座ると同時に「ホットコーヒーください」と注文していました。当時、デニーズのコーヒーはドリンクバーではなく独立したメニューとして存在していました。たしか350円くらいでした。カップのコーヒーが減ると、ポットを持った店員さんが来て「おかわりはいかがですか?」と聞いてくれるのです。追加料金はナシ。メニューには「デニーズではスタッフが直接コーヒーを注ぐことも大事なサービスだと考えております」と書かれていて、それを目にするたびにデニーズが好きになったものです。

 デニーズ南新宿店では日記を書いたり、本を読んだり、エントリーシートをしたためたり……薄暗い静謐な喫煙席で、ブレンドコーヒーだけの注文で長々と居座っていました。まわりには、スウェット姿のカップルが食事をしていたり、壮年の男性グループがお酒を飲んだりしていました。大抵は午前3時ぐらいに会計をして、自転車にまたがって家に帰りました。

 よく覚えていることがあります。ある夜、たしか0時過ぎにデニーズの喫煙席で日記を書き終えて、ブックオフで買った文庫の「アフターダーク」を読み始めたんですが、この小説、主人公が深夜のデニーズで小説を読んでいるシーンから始まるんです。今の僕じゃないか、と驚き、そして喜びました。僕は村上春樹の小説の主人公と同じことをやっているんだ、と。

 就活の時期は昼間に行くこともありました。ESを書くためです。古い業界ゆえ手書きの書類が多く、書き損じて別の紙に最初から書き直し、ということも一度ではありませんでした。スティックのりと封筒、切手も用意し、書いたそばから封入して西新宿の郵便局で速達で提出していました。

 新卒1年目の5月、慣れない日々で大変でしたが、ある日記を書きました。それは大学4年の最後の春休みに1人で行ったニューヨーク旅行の日記です。その刺激的な体験を文にすることを怠ったまま社会人生活に突入してしまったのです。このままでは記憶が薄れていってしまう。深夜、デニーズに行き、思い出を書き連ねました。1万5000字に及ぶその日記は、今読み返しても書いててよかったなあと思います。

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  読み返してて思ったのですが、2か月前のことであっても頑張って思い出せば書けるんですよね。目を閉じれば、いつでもあの景色のなかに立つことができる。僕にとってデニーズとはそんな場所でした。思い返す場所。自分を省みる場所……そう、日記だけじゃなくてESも書いてたから自己分析の場と言ってもいいかもしれません。ちょっと立ち止まって、振り返る場。人生を意味付けする場。

 と書いているところで店員さんがテーブルに来ました。「すみません、当店11時で閉店となっておりましてご協力をお願いいたします」。時刻は11時10分。店内には「蛍の光」が流れていました。朝まで営業していたかつてのデニーズでは見られなかった光景です。あの頃の、零時過ぎのデニーズにはもうたどり着けないんですね。

 会計を済ませて外に出ると、空気は4月にしては冷たく、辺りは水を打ったように静まり返っていました。あっ、深夜にデニーズを出たときはいつもこんな感じだったな……懐かしみながら階段を下りて振り返ると、デニーズ清澄白河店は、あのデニーズ南新宿店とそっくりのファサードをしていました。

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 かつて何度もいった店とこの店を重ね合わせ、どこかうれしい気持ちになりながら、家に帰りました。(1984字)