研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

ブレット・トレインは日本のステレオタイプがひどくないか?

ブラッド・ピット主演のアクション映画「ブレットトレイン」を見た。日本を舞台に、東海道新幹線の中で殺し屋たちがそれぞれの思惑を(時に勘違いを)もとに殺し合うという話。原作は伊坂幸太郎の『マリアビートル』で、僕は高校生のときにこれを読んですごく楽しかった。たしか原作は東北新幹線が舞台だった気がするのだが、東海道新幹線に改変したのはたぶん京都という有名な地名が出てくるからだろう。

一言で感想をいえばひどくつまらない映画だった。登場人物は薄いし、舞台考証は雑だし、ストーリーは稚拙だった。わけても日本に対する解像度の低さは日本人からするとあまり看過できないものがあった。欧米人のイメージの中の日本。ネオンサイン、スシ、お辞儀…

もちろん、そうしたステレオタイプの日本描写を楽しむ、屈折したファンもいるだろう。たとえばウェブ小説として出発し、その後アニメ化などで人気を博した作品「ニンジャスレイヤー」は、「欧米から見た日本」の過りを直接に指摘するのではなく、むしろ戯画的に誇張することによって、そのイメージの歪みを可笑しみに転じさせた作品だ。実際の作者は日本人であるにもかかわらず、架空の欧米人を装ったペンネームで作品を発表しているところも含め、「欧米から見た日本」の違和を二重にネタ化する構造を成している。

ただ本作はニンジャスレイヤーとは違い、作者はアメリカ人だ。日本人が歪な日本のイメージをネタ化するのとは訳が違う。

もっと言えば、本作は未来世界や架空の国ではなく、現実の日本を舞台にしている。東海道新幹線が停車する実在の駅、静岡、米原などが登場する。にもかかわらず、たとえば

・車掌が車内検札をする(いつの時代?)

・夜中に発車し、翌朝に到着する(夜行便!)

といった、日本人からすると強烈に違和感を覚える描写が頻発する。まあ、「ファーストクラス」なる座席があるのは、おそらく「グリーン車」では欧米の観客に通じないから改変したのだろうと想像がつく。だが途中から乗客がすっかりいなくなり、黒幕的人物から「私が全ての席を買い取った」と言われるのは、なにか都合が良すぎないか?

…まあ鉄道の在り方についてツッコミをしようとするとキリがない。フィクションなのだから細かいことを気にしてはいけない。しかしそれでもなお僕が気になった、いや不快に思ったのは、登場する日本人のキャラクター造形である。

作中、ある男性とその父親が出てくる。男性は自分の息子が殺し屋に殺されたその復讐のために新幹線に乗り込む。…とまあ細かいストーリーはいいのだが、気持ち悪い点が2つある。

1.台詞回しが奇妙。日本人からするとそんな言い方しないだろという言葉が多い。おじいちゃんが息子に対して「親父、私の孫の様子はどうだ?」と言い、息子が「変わりなく。」と返事をする。時代劇のビッグデータだけを学習したGoogle翻訳か? 不自然すぎるだろ

2.ずっと眉間に皺を寄せてドスの効いた声で喋ってる。これも欧米の考える日本人のステレオタイプ。時代劇かよ

コロナ禍始まってからの撮影だったため日本で撮れなかったという事情は知っている。しかし役者の演技の指導に場所は関係ないはずで、浅野忠信にこんなわけわからん日本人の演技をさせてしまうのが腹立つ。

というのもこの映画、登場人物の男女比はだいたいイーブンに保たれているし、人種も偏りがないようにしているし、作中「マンスプレイニングはよくないな」というセリフが出たり、いろいろ現代的な配慮がされている。にもかかわらず、日本に対するエキゾチックなイメージの偏りは上述のようにまったく解消されていない。そこが腹立たしい。ネイティブの日本人に脚本のチェックをしてもらったのだろうか。

何より嫌だったのは最後、新幹線が京都らしき街中に突っ込んだシーンだった。なんか江戸時代みたいな街並み! 木造しかない! しかも人がおらん! でも遠景には朝焼けと五重塔らしきものがあってなんとなく京都っぽい。そこにドーンと新幹線が突っ込んで炎上するのだ。それはビジュアル的にはいかにも日本っぽい雰囲気がムンムンにただようショットだった。しかし、実際の京都に行ったことのある人ならこんなシーンにはしないだろう…京都の息づかいを全く感じない、見た目やイメージだけを消費するシーンには。

などといろいろ言ったけど、それよりも周りの観客の感じが嫌だった。映画サービスデーに行ったので、ほぼ満員。ひさしぶりのシチュエーション。つまらない映画ではあったが、たまーに笑えるコメディシーンがあった。そういう時、「アハハ…」みたいな声がまばらに聞こえるのが映画館で映画を見る醍醐味と思うのだが、そういうのが一切なかった。両隣に座る人、前の席に座る人もピクリともしなかった。なぜ? 心の底からつまらなかったということだろうか。おもしろいと思ったのは僕だけだったのだろうか? せっかくのブラピのジョークに笑ってるところに全方位から冷や水を浴びせられるようだった。

ていうか両隣に人がいる状況で映画を観るというのは本当に避けた方がいいな。僕は落ち着きのない性格で、脚を組み直したり、姿勢を変えたり、肩を揉んだりといった動きを頻繁にしてしまう。隣に人がいると、変な奴がいると思われるのが嫌で自制せざるを得ない。それがひどく窮屈なのだーー精神的にも肉体的にも。遠慮して肘掛けにも肘をかけられないのだが、そのせいで巻き肩になって呼吸もしづらい。とにかくリラックスして映画を観られない。休日に、しかも映画サービスデーに映画なんて見るもんじゃないのかもしれない。