2025年がどんな一年だったか、雑に振り返った。
リアルイベントに行きたくなった
今年もライブに行けた。Perfumeの東京ドームに参加することができたし、翌日はSTUTSのKアリーナライブでぶち上がった(どちらも仕事の佳境が重なり本当に大変だった)。
他方、見逃したイベントもあったなと思った。「奇奇怪怪」の団地民限定リアルイベント「十」、「二十」には行ってみたかった。後になって会員限定(?)Discordでの感想投稿を読んで、なかなかおもしろそうなことが話されていると思った。
流通空論の六本木のコンビニも、行く時間はあったはずなのだが、なぜか後回しにしてしまった。これも、今年から奇奇怪怪を聴くようになり、さらにリアルイベントでの体験をしたいという「感度の拡張」があったからこそだった。
見ている範囲が広がれば広がるほど、「あれ知ってはいるけど接触はできてないんだよな」といった機会取りこぼしのような感覚は増えていくのだろうか。そもそもそんなコンテンツがあるということさえ知らなければ、「見たいけど見られてない」という状況も発生しない。ゆる言語学ラジオの水野さんが言っている「知れば知るほど自分が知らないことが増えていく」現象と相似……。
あと、行けなかったイベントとしては万博があった。あれだけガイドブックがアマゾンのランキング上位を占拠していたのに、どこか自分には関係ないという感覚で遠ざけてしまっていた。会期終了も迫った10月、ポッドキャスト「脳内デブリ」であのパビリオンがすごかった、という話を聞いてからすごく気になったのだが、もうチケットは取れなかった。
行く行かないの前に、調べるぐらいはしておくべきだったな。とりあえず書店でガイドブックを立ち読みするぐらいのことはやってもよかったと思う。それがきっかけでパビリオンに関心をもつということだってありえただろうから。
ポッドキャストを聴きまくった
上でも書いたけど、ポッドキャストを相変わらず聞いている。のだが、2025年は明らかに聴取時間が増加した。有料会員だとSpotifyまとめとかでリスニング時間の統計を出してくれるんだろうか。
奇奇怪怪は1月からたくさん聴くようになった(「娯楽がたり」やNHKの番組でタイタン氏を見たのがきっかけだった)し、くるまの「サンゼロゼロサン」も聞いているし(正月休みに過去回全部聞いて「やべー俺も自分の仕事がんばろう」と思った)、
「コンテンツ過剰接続」も聴くようになった。これはけっこうハイスピードでコンテンツ批評的なことを語る番組。自分があんまり詳しくない音楽についてあれこれ語ってくれるので勉強になる。あと、関連のなさそうな2つのコンテンツ、人、事象を結びつけて時代性を取り出すという語り、毎回面白い。こういうの好きです。かつて、「ゼロアカ道場」なるもので、無関係な2冊の本を読みその2つを絡めて批評せよみたいな課題があったなあなどと思い出した。
これらのほかにこれまで継続して聞いてきた「中トロラジオ」「夢遊東京」「Image Cast」「日曜、お茶しない?」「ぽこぴーの夢うつつ」「百百」など。企業が絡んでる番組だと「ルネッサンスラジオ」「アフター6ジャンクション2」も。
他方、ポッドキャストを聴くのとトレードオフで、音楽を聴く習慣が消滅してしまった。2021年9月から、Apple Musicで毎月聴いた音楽をプレイリストにしてまとめているのだが、その習慣が途絶えてしまった。今年は3月までプレイリストを作っていたが(ちょうどタイプロで聞いていたセクゾの曲とかが入っていた)、そこで一旦、習慣が途切れた。で、8月、9月に復活したのだが、またその後、途切れた。とにかく音楽を聞いていなさすぎる。
自分の場合、流行りの曲にキャッチアップするとかそういうことはほとんどしない。だが、自分の好きそうなテクスチャーの音楽をディグるとか、スタバの店内で流れていて感じのいい音楽をシャザムして登録するといったことをしていた。そういう偶発的な楽しみを見つける行為さえも、しなくなってしまった。
と、書いていて気づいたのだが、そもそもスタバに行くということも、今年、ほぼなかった。前はスタバに限らず、カフェに行って本を読んでくつろぐような時間もあったはずなのだが。ああいうことをしていた時間は、今、何に当てられているんだろう? 自分の活動の把握ができていない。
サプリを飲み始めた
さまざまに体調の悪さを感じた年でもあった。まず、1月1日早々に扁桃腺が腫れて喉風邪になりかけた。3月には、出張先で熱を出しかなりきつかった。出張のついでに予定していた観光もキャンセルした。2024年から、ほぼ四半期に1回ぐらいのペースで風邪をひいており、体力低下が著しかった。メンタル的なものもかなりあった、とは思う。自分ではコントロール不能な事象にかなり振り回されていた。
のちに述べるとは思うが、職場の環境が今年後半で変わり、改善傾向にあるとは思う。だが当時はきつかった。
それで、4月からマルチビタミン&ミネラルのサプリを飲むようにした。最初は1日1粒で必要な栄養素を賄える、アメリカのサプリを試してみたのだが、粒のサイズが大きくて、飲み込むときに喉に引っかかりそうで怖い&痛い。ということで、1日3粒のものに変えた。今はアサヒの「ディアナチュラ」を常用。1日3粒は飲めなくて2粒しか飲んでいないが、これを飲むようになってから風邪を引かなくなった。
一度、11月末に喉風邪をひいてしまったが、熱が出る前に回復することができた。これは目に見えて効果のある習慣になった。
心療内科を頼った
6月ごろ、抱えている案件の繁忙期の波が過去最大級に重なり合い、かつ、そのうちの一つの仕事が非常に神経を使うもので、心をすり減らしながら進めていくようなものだった。チーム全体がキリキリしており、厳しい言葉が流通することも一度や二度ではなかった。自分宛てのメッセージでなかったとしても、チーム間の雰囲気が冷え込んでいく様を近くで感じ取るのは、自分のメンタルにもきつかった。一度、チーム内のテキストチャットにおいて、過去最大に激しい言葉の攻撃が発生したのだが、にもかかわらず、同報されていた上司や周囲の人たちからは何のフォローもなかった。これはさすがにまずいのではないかと思い、「上司の上司」にメールで現場への懸念を報告したが、何の反応もなく、この組織はどうなっているんだと本気で心配し、また呆れた。その後、そのチームは部分的に解体され、僕も出ていくことになった。それによって多少は、風紀が浄化されたような気がするのだが、実際どうなのかは知らない。少なくとも、直属の上司がメンバーの働きやすい環境をつくれていないことはまちがいないと思うのだが……。
あまりにも閑話休題。
そういうような環境のなかで、さすがに限界だと思い、心療内科を予約した。そのときのことはプライベートな日記に書いたのだが、ざっくり感想を書くなら、ややタイミングを逸した感があった、ということになる。というのも、診察を受けられたころには繁忙期を過ぎていたので、そこまで切羽詰まった状態ではなかったのだ。「1か月前は本当に忙しくて苦しかったです」というような、事後報告ベースの対話を医師と繰り広げていた。
一応、主訴としては「やるタスクが多すぎて、かつプレッシャーも高く、ひとつのタスクに集中することができない」というものだった。どこか、ADHD的な診断にまで発展するのではないか、またそこで薬を処方されたら一気に視界が開けるような体験ができるのではないか、と思ったりしていたが、そうなることはなかった。診察したころには仕事は落ち着いていたのだから。それによって集中力の悩みも去ったということは、要するに、「忙しくてテンパってるときはそういう困りごとが出やすい」ということだ。
これに気づけたのは収穫だったかとしれない。医師によれば「忙しくなると、自分の注意力の波の方向を制御する力がなくなるから、自分の中で仕事に集中できずほかのことを考えたりとか、周りの人のキーボードのタイプ音が気になるとか、そういう風に注意が逸れてしまう」のだと。なるほど。エネルギーが足りなくなってくると集中力を制御できない、というのは新しい視点だった。
初回は40分ぐらい話を聞いてもらい、その後、1カ月半ぐらい間をおいて2回ほど、各10分ぐらい診察してもらったが、当時のようなヤバい追い詰められは発生していないので、しばらくは大丈夫そうです、ということでいったん診察は終わりにした。
ちなみに年に1回ある産業医面談も受けてみた。ストレスチェックテストによると、昨年に比べて「仕事のコントロール感」の項目がすごく低下していたらしい。それによってストレスを感じている可能性があると。ふーむ……さっきも少し書いたが、自分ではどうしようもない相手の問題で振り回されているということだ。
2024年後半から2025年前半は、ある案件においてかつてない「振り回されの地獄」を経験しており、憔悴しきっていた。こないだ、忘年会で社内の別部署の複数人からその件について労いの言葉をいただき、自分のことを見てくれている人がいるんだ、といたく感動してしまった。えー、なんの話だっけ……そうそう、とにかくメンタルがきつくて、専門の医師に頼るという一歩を初めて踏み出したのだった。
ちなみにフィジカルの面ではもう一つあって、その繁忙期を抜けて次の繁忙期にさしかかったあたりで、胃がおかしくなった。おにぎり1個で強烈な胃もたれを感じるようになった。痛みはない。ただ、晩御飯を食べるとずっと胃もたれがつづき、夜、横になると胃が気持ち悪いという状況になった。これも消化器内科にかかり、薬を何種類かもらって様子を見たのだが、1か月経っても良くならず、大きい病院への紹介状を書いてもらった。でも大きい病院に行く時間もなかなかとれないしなあ……と思っていた矢先、部内の配置換えが命じられ、チームを抜けることになった。それによって、仕事内容はあまり変わらないが、人間関係がリセットされ、かなり気楽になった。それと同時に、胃の不調が治った。結局メンタルの問題だったのかもしれない。
仕事の変化について
2024年からやりたいと思っていた仕事があり、それにある程度注力していたのだが、関係者が「飛んで」しまった。アウトプットもグダグダになり、自分の思っているものはまったく、期待する水準に達しないものになり、正直、どうしようもない感じになった。俺は何をしているんだと思った。結局、自分自身が手を動かしていかないとダメなものになるんだと思った。
その裏返しだが、自分自身でお願いする人を選んで、座組を組んだプロジェクトについては、プロセスが大変だったとしても、アウトプットは素晴らしいものになった。もちろん全部が全部うまくいったわけじゃないのだが、誰にお願いするかということ、その目利きもひとつのクリエイティブだということを痛感した。だからこそ、相手がどういう仕事をやっている人なのか、それを見て判断することをしないと本当にダメだと思った。
「配置換え」について。与えられたミッションが少し変わることになった。やること自体はあまり変わらないのだが、目的がすこしシフトしていくような感じ。やりやすくなった、というのがざっくりとした所感。裁量が効く場面が増え、自由とともに責任が増した。やりたいことがやりやすくなったので、そういう意味では歓迎している。他方、自分が抱える案件は爆発的に増えた。し、今後も増えていくと思った。でも周りの人たちはみな同様に仕事をやっているので、自分も自由を楽しめるように適応していきたい。
AIを仕事に活用した
増えていった仕事量をどのように捌いていくか、が今年終盤の課題となった。もちろん初期段階では一つひとつを手作業で時間をかけることによって、各タスクへの向き合い方や手つきを身体化させていくことが必要になる。のだが、先ほども言ったように、実はやること自体は配置換えの前からそこまで大きくは変わっていない。なので実は、すでにある程度ルーティーン化している作業フェーズもある。そこをいかに、AIで効率化させていくかというのが目下の課題。仕事で使用可能なツールをトレーニングしたりチューニングしたりする作業にけっこうな時間を費やしているのだが、今後もさらにトレーニングを続ける必要があると感じている。
普段、プライベートで悩み相談とか知識の検索とかでAIを使っているが、そういうのとはまったく違う使い方が求められている。大体は、出力内容と出力フォーマットを指定して文章を生成してもらうというような作業をお願いしたいのだが、これがなかなか思うような文体で出してくれない。このためのトレーニングやプロンプト調整などを精緻化していく必要がありそうだ。めんどくさいといえばそうだが、個人的にAIを使うのは好きなので、それによって仕事が効率化できるのは楽しい。
また、自分の仕事の振り返りにもAIを積極活用していくことになるだろうな、という感じ。自分の業務フローを振り返ると、ここで手が止まりがちだな、というボトルネック部分が見えてくる。そういうところをAIの力を借りて補助するなり代行させるなりする、ということが必要になってきそう。
要するに、今年は
視野が広がった1年だった。間違いなく。リアルイベントに参加する意欲が出た。かつてなくポッドキャストを聴くようになった。ケアのための新しい習慣や医療を頼ることを厭わなくなった。職場が変わった。AIを仕事に活用するようになった。そうした変化のために、以前からやっていた音楽鑑賞や映画鑑賞、読書のペースはいったん落ちてしまった。だが、新しいことを試すためのトレードオフとして仕方がない。
代わりにといってはだが、映画を見にいく時は高確率でポップコーンを買うようになった。いままで劇場でポップコーンはほとんど食べたことなかったので。1回1回をリッチに過ごすようになった。
また書けていなかったが、友達をボードゲームカフェに誘ったり、自分の知人と知人を紹介してつなぐなど、いままでやりたかったけどやっていなかったことに、人を巻きこむ形で挑戦したりもした。挑戦っていうとおおげさだけど、どちらも盛り上がって楽しかった。総じていろいろ新しいことを試した1年だったと思う。
ではそれを踏まえて、来年はどんな1年にするか? じっくり考えるのは1月に回したいのだが、なんとなく、「新しい挑戦」の姿勢はもちつつも、「セルフチェックと軌道修正」を意識する1年にしていきたい気持ちがある。
AI活用はその代表的な一つになるだろう。まさにプロンプトの軌道修正の積み重ねが必要になる。
あとは、自分のプライベートの過ごし方についてもこのテーマを適用したい。今年は新しいことはいろいろやったものの、自分と向き合って自分自身のやりたいことをしっかりやる時間があまり取れなかった。結局自分がやりたいのはなんなのか? そこには仕事を通じた自己実現も含まれるが、他方で当然、仕事とは関係なく自分がやりたいことというのも存在する。ではそれはなんなのか? ……ということをもう一度問い直し、その「やりたいこと」をやるための時間を確保する。
そのためのセルフチェックと軌道修正をやりたい、と、ぼんやり思っている。
たとえばここ数日で気付いたことだが、ポッドキャストの音声は、まあ、1.3倍速ぐらいでもわりと問題なく聴くことができる。そうなると、1÷1.3≒77%で、時間を23%ぐらい節約することができる。……とか新しい発見のように書いてみたが、等倍速で聞くほうが少数派?
では、よい新年を。
