ついにこの日が来たぜ。
かつて日本を縦横に走っていたブルートレイン。車体の老朽化やら飛行機の普及やらによっていまや残っているのはサンライズ瀬戸/出雲号のみとなっている。正直僕は「寝台列車って列車が遅かった昔運行してたんでしょ?」と思っていた。まだ残っているのだ。今回、東京駅から香川県・高松駅まで行くサンライズ瀬戸に乗ってみた。金曜日の夜、仕事を早めに切り上げて、駅弁とビールを買いこんだ。
ふだん東海道線の案内が出ている電光掲示板に「寝台特急サンライズ瀬戸」。ワクワクする
こういうフェイス。金曜夜で客は多く(満席だった)、写真撮ってる人がたくさんいた
瀬戸号と出雲号の連結部。岡山駅で切り離しが行われ、出雲号は出雲市方面に向かう
今回取ったのは6号車のB寝台。喫煙可能車だ
いやーワクワクする。乗車前に列車を端から端まで眺めたが、普通の電車とは違い車体にさまざまな特徴がある。A寝台はモーターがない静かな車体で「シングルデラックス」などの高い客室がある。B寝台はモーターがない2階建ての「シングル」、モーターがあるためシングルよりもせまっ苦しい「ソロ」、個室ではないが寝台料金がかからない雑魚寝スタイルの「ノビノビ座席」などがある。外から見ても、それぞれの座席の広さ、解放感、快適さがよくわかる。これはおもしろい。
初めての乗車ゆえ、オーソドックスな「シングル」のきっぷを買った。これまでサンライズのきっぷはみどりの窓口でしか買えなかったのだが、最近になってネットで予約ができるようになった。東京から高松まで2万2540円。運賃が1万1540円、特急料金が3300円、寝台料金が7700円だ。
自室に入ってまず、窓の大きさに驚く。2階席だったのだが、ガラスが天井のほうにカーブしており、開放的な展望が確保されている。車窓からの夜景が楽しみだ。
東京駅で向かい側のホームの人々を見下ろす。どうだ、うらやましいだろう
ベッドの寝心地はよい。寝返りは打てないし腕を頭上に伸ばすこともできないが、一晩寝るのに不自由はしないだろう。マットレスはやや硬めで僕は好み。
ハンガーがあるのでコートやジャケットもかけられる。足元側に小さな机があり、物を置くことができる。コンセントも設置されているのでスマホの充電もできる。頭側にはコンセントがないので、寝ながらスマホするのは困難かもしれない。
圧倒的夜景、静かな車内で乾杯
電車が発車した。室内の電気を消す。夜景が見える。はっきりと見える。車内が明るく外が暗いので、窓ガラスが鏡のように車内の景色を反射してしまうという経験はないだろうか? しかしサンライズは個室なので、車内の電気を消すことができる。
目の前に広がる見たことのない光景! なんて美しいんだ。東京→新横浜の風景なんていつでもだれでも見ることができる。にもかかわらず、初めて見る景色のようだ。金曜夜、誰かの残業によって灯されたビル群の明かり。ああ都会の夜景。時代遅れの寝台特急の個室から、スーツ姿の僕が眺めているよ。
車掌さんによる検札も終わったので、晩酌するか。
東京駅で買ったご当地ビールみたいなの。正直、微妙(サッポロは無難にうまかったが)
秋っぽい駅弁。どれもこれも美味だった
寝台車の個室でビールと弁当を味わいながら夜景を楽しむ、最高……もちろん室内の電気は消したままだ。
それからたまたま喫煙車ということだったので、煙草を吸ってみた。今日び室内で吸えるところなんてほとんどなく、ましてや列車の中で吸うなんて(新幹線の喫煙ルームを除いて)なかなかできることではないので、いささかの背徳感があった。この号車、便利だな。
発車して気づいたのだが、騒音が少ない。まるで普通の電車の中でノイズキャンセリングイヤホンをつけているかのようで、よく眠れそうだ。ただ他方、振動はそれなりにする。酔ってしまうひともいるかもしれない、と思った。
まさかの「開け放し」! 怒りで体が動いた
熱海を越えた。もう寝るか……薄い布団をかぶって横になった。ガタンゴトン……小さな振動が体に伝わってくるが、一定のリズムで刻む揺れは、むしろ入眠に適していると言えるかもしれない。ガタンゴトン……
しかし僕は眠れなかった。理由は明白で、静岡駅から乗車してきた客が騒々しいのだ。たぶん男性2名で酒盛りしているな。めっちゃ声が聞こえてくる。どこかの部屋に集まってるのか? 話の内容も、「俺は仕事でこういうことをして~うまく立ち回って~(先輩後輩の関係?)」とか、「後輩のあいつがバカやらかして~」とか、かなりどうでもいい話。対話というよりも、一方的に話してる感じなのがまたイライラする。さきほどから複数回、隣の部屋かどこかから「壁ドン」も聞こえた。まあ、これはキレるわな。
しかし他方で僕は、彼らに哀れみの感情を抱くのだった。おそらく僕と同じで、はじめてのサンライズで興奮してしまってるんだろう。彼らは静岡駅から乗ってきたから実感できないんだろうけど、実際にはこの列車にある全てのドアの向こうには人が寝てるわけで。東京駅でのあの賑わいを見ていれば、決してこのような振る舞いにはならないわけだな。
我慢して布団をかぶって音を遮断しようと努めたりしたが、無理だった。これでは寝られない。注意しよう。いや、お願いをしよう。でも向こうは酒が回っている。変なことにならないだろうか。一歩踏み出そうとして、何度も躊躇した。勇気が出なかった。見知らぬ人に注意をするなんて人生で一度もしたことがなかったからだ。「ここはあなたの家じゃないですよね?」などと反論されたらどうしよう。「そのセリフ、そのままお返ししますよ」とか? それで「静かになってもらう」という目的が達成されるとは思えない。
それでとりあえず一度、少し扉をガラッと開けて外を見てみたら、酔客は一つの部屋に3人で集まって酒盛りをしていた。密! それはいいんだが、扉を閉めろよ! 開けっ放しにして宴会してたらうるさいだろ! その光景にあまりにムカついて、頭よりも体が先に動いた。
「あの申し訳ないんですけども、ちょおっと静かにしていただけると……」
「あーすいません……」
ガラガラピシャッ。
午前2時半のことだった。
「さぬきうどん駅」到着
朝。どのあたりか覚えてないが、山が見えた。もう瀬戸内海は越えてたと思う。
山々と海が見えた。すがすがしい朝だ
トイレに行って、洗面台で顔洗って歯磨き。戻ったら、はす向かいの客室のおばちゃんがタバコ吸ってた。昭和にタイムスリップしたみたいだ。
そういえば結局、シャワーは浴びなかったな……なんかめんどくさくて、シャワーカードを買うことすらやっていなかった。あと岡山駅での列車の切り離しも見ていない。ふつうに寝てた。
朝7時27分、高松駅に到着。
珍客のおかげで安眠は著しく妨げられたが、それもまあ経験のひとつか。どうせまた乗るのだからべつにいい。じつは今回紹介した酔客のほかにも、沼津駅だかどこかで乗り込んできた一行に含まれる一名の老婆(? 声から想像)が大変騒々しく、これにも閉口した。だがこれも、はじめてのサンライズで興奮してしまっているんだろうなあと思って我慢した。老婆はすぐ眠りについたようなのでダメージは大きくなかったが。
次回、香川県うどん三昧編につづく。