研ぎ澄まされた孤独

とりとめのない思考を無理に言語化した記録

「精神的FIRE」と、成長への意思を手放すのが怖い問題

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8月上旬にコロナに罹ってから、やっと体調が戻ってきた。まだ薬は飲んでいるし、平日は仕事でストレスがかかるので咳が出るけど、前よりはよくなった。

8月はほんとうにやばかった。抱えている企画が本格化するタイミングで発熱して、抗原検査をしたら陽性だった。一人暮らしの部屋で高熱に耐え、1週間自宅療養した。薄れゆく味覚。落ちていく体力。そして過ぎていく時間。いま自分が動かないと、この企画は確実にスケジュールに間に合わない。

そんな焦りのなかで、とんでもない情報が上司から飛んできた。僕らのチームの一員が蒸発した。その人は僕と一緒に例の企画を進めているメンバーだった。そういうわけで、僕は職場復帰後、一人でその企画を進めるしかなかった。そして同時期に、上司が家庭の事情で会社にあまり来れなくなった。これは仕方のない事情だった。なかなか仕事のことを上司に相談することができず、僕は本当に一人で、仕事を進めなければならなかった。

高まる負荷。増えるストレス。咳はどんどん悪化していった。ゲホゲホいいながらプロダクトをチェックする日々。当然、職場でマスクは外せない。真夏だぞ。さらに途中、まったく別の案件で1日じゅう肉体労働をするスケジュールがあり、貴重な土日休みの1日がつぶれた。体と心をすり減らしながら、関係各所と調整して、予定から10日ほど遅れ、9月上旬、制作を終わらせた。金曜日の夜、かすれるような小さな声で「お先に失礼します」と言い、職場を後にした。家でシャワーも浴びず泥のように眠ったが、土曜日の朝に電話のバイブで起こされる。納品に若干の不備が判明したとのことで、少しだけ仕事をした。想定内のフォローアップだった。

それから2週間が経ち、ようやく日常に回帰してきたような気がする。小説を読む時間ができた。自分のところで持っていたボールを関係者に投げ返すこともできた。友達と会うこともできた。

コロナでいろんな誘いを断ったり延期したりしてきた。ふだん人と遊ぶ機会なんてないからうれしいのに、それを病気のせいで逸してしまうというのが心から悲しくて、たぶんそれもメンタルを、ひいては体調を悪化させていたのだろう。

以下は、そんな最悪の夏に考えたことだ。

 

嫌なことがあっても、別のことに目を向けたり、考えないようにしたりすることで対処するようになった。目を向けたり、考えたりする余裕がないくらい忙しい(身も心も)というだけなのかもしれないけど。

このことが示すのは、平穏な人生を送るためには、現実から逃げたり、感覚を麻痺させるしかないという事実だ。

逃げる。麻痺させる。そうしないと日々の出来事に心が壊されていく。目を背けないと、全身で受け取る感覚をスルーしないと、生きていけないのか。

そのことに、負けを認めるような悔しさを感じてしまう。

現実を直視して、辛い感覚を全身で引き受けて、それに耐えたり、それを考えて解釈したすえに、困難を解決することができるはずだと思っていた。痛みに耐える強さが手に入るのだと思っていた。

しかしその思考には落とし穴がある。痛いだけで光が見えないのだ。

世の中には自分ではどうしようもないこともある。直視して、引き受けても何も変えられないことがある。それ自分の問題なのか他者の問題なのか、という2択で、後者であることが明らかであるにも関わらず、それに向き合い続けてしまう。

そうしてたどり着いたのが今の有様なんだろう。

問題の切り分けができていないといえばそのとおりだ。それを認めるのも悔しい。他者から指摘されるのはもっと悔しい。

普通の人ーーというくくりは雑だが、世間一般の人は、こういう考え方をどこかで身につけるんだろうか。何歳ぐらいのタイミングで、どういうきっかけで身につけるんだろうか。

あるいはもしかしたら、そんなの身につけなくても平穏に生きていけてるんだろうか。僕がどうでもいい機微を「感じすぎ」なだけなんだろうか。

あきらめと、落ち着き。自分への期待をやめること。他人は自分のことなど見ていないと理解すること。成長への意思を手放すこと。精神的リタイア。

その先に開放的な未来があるのはなんとなく気づいている。でも、それじゃいけない気もする。

「何かのための受忍」をやめ、刹那的快楽主義に安住するのはいやだ。でもこれ以上、何かのために疲れるのもつらい。

そういう二項対立を脱構築して、いい感じの折衷ができないだろうか。たぶんそれが「ニーバーの祈り」の意味するところなんだろう。